オーナーチェンジの仲介に際し敷金の承継を説明しなかったために敷金分の損害を請求された事案
仲介業者Bは、オーナーチェンジの仲介の際に当該物件賃借人に対する敷金返還債務を買主(新所有者)が当然承継する旨を説明しなかったばかりか、売主(旧所有者)から買主(新所有者)への敷金額金員の承継もしなかった。その後、本物件借主が明け渡す際に買主(新所有者)への敷金の返還を求めてきたため初めて敷金の説明に瑕疵があることが発覚した。仲介業者は新所有者から敷金分の損害賠償を求められている。
【解説】
(任意売却の場合の法律関係)
賃貸中のビルやアパートのオーナーチェンジが増え、その場合の法律関係についての相談が急増しています。バブル時に借金により建築購入した不動産には返済が滞っているものも多く、「銀行がオーナーに対して任意売却をしろ」との強要も目立ちます。任意売却とは競売等の強制的手続きによらない任意での売買契約です。
さて任意売却の場合はテナントの立場はどうなるのでしょうか。テナントが賃貸物件の引渡を受け対抗要件をそなえれば(借地借家法31条)、任意売買による新所有者はテナントとの賃貸借契約を引き継ぐことになり、旧オーナーは、賃貸借関係から離脱することになります(承継を賃借人へ通知することも不要とされています〜大判昭3.10.12、最判昭33.9.18民集12.13.2040)。しかし、承継を敢えて欲しないテナントを法律上当然に拘束するとまで考える必要もありません。したがって、テナント側で当然承継を否認することは認められています。すなわち、テナント側で直ちに異議を述べれば、テナントは新オーナーとの間の賃貸借の拘束から免れることができると解されています。もっとも、その場合の効果は、少なくとも新オーナーとの関係では、本条や諸特別法によって認められた対抗力ある不動産利用権を放棄すること(つまり不法占拠者となること)を意味することになると言われています(『新版注釈民法(15)』19頁)。
逆に新オーナーが賃貸人たる地位をテナントに主張するためには対抗要件としての所有権移転等を必要とするとするのが判例(最判昭25.11.30民集4.11.607、最判昭49.3.19民集28.2.325)・通説です。そして新オーナーは登記さえ経由していればよく、賃貸借の継承をテナントに通知する必要はないと言われています(前掲最判昭33.9.18民集12.13.2040)。不動産所有権とそれに伴う賃貸人の地位の移転につき、判例・通説のように所有権移転登記を対抗要件と解するとしても、テナントは、未登記の新オーナーを新賃貸人と認めて、≪参考判例、1≫の最高裁判例が判示するように例えば彼に賃料を払うことも可能といわれています。
ところで移転登記未了の状態で、従前のオーナーがかねてから延滞していた家賃の支払を催告した上賃貸借契約を解除してテナントに明渡等を請求したのに対しテナントが登記未了でも新オーナーを新賃貸人として認めるとして争ったという事案がありました。≪参考判例、2≫の最高裁判例は、所有権移転登記は第三者に新賃貸人たる地位を主張する効力要件であるとする大判(昭16.8.20民集20.1092)の理論を捨て所有権移転の事実があれば所有権譲渡人は賃貸人たる地位を失い、解除は無効であるとする理論を示しました(ただ、賃借人は一種の両刃論法で新旧両所有者の地位を否認することは封ずべきです)。
≪参考判例≫
- 賃貸家屋が他に譲渡された場合(移転登記未了)に、賃借人が右事実を認めて譲受人に支払った賃料の弁済は有効であるとした事例(最2小判昭和46年12月3日、〔出典〕裁集民104号557頁、判時655号28頁、判夕272号222頁、金融商事292号8頁、〔評釈〕平田春二・判評161号15頁)
「一般に、家屋の賃貸人である所有者が右家屋を他人に譲渡し、所有権が譲受人に移転した場合には、これとともに賃貸人たる地位も譲受人に移転し、譲受人は、以後、賃貸人に対し、賃料請求権を取得するものと解するべきである。この場合、譲受人がいまだその所有権移転登記を経由していないときは、同人は、賃借人に対して自己が所有権を取得し、したがって、賃貸人たる地位を承継したことを主張しえないものと解するべきであるが、逆に、賃借人がこの事実を認め、譲受人に対して右承継後の賃料を支払う場合には、右賃料の支払いは、かりに右承認前に遡って賃料を支払う場合においても、なお債権者に対する弁済として有効であり、譲渡人は、賃借人に対し、右賃料の支払を妨げることができないものといわなければならない。
賃貸家屋が他に譲渡されいまだ対抗要件を具備していない場合においても、賃借人が後にこの事実を認めて、新家主に対し、遡って賃料を支払ったときは、右賃料の弁済は、その弁済時以前の分も含めて、すべて有効と解すべきである。」
- 自己の所有家屋を他に賃貸している者が賃貸借継続中に第三者に右家屋の所有権を移転した場合には、特段の事情のない限り、賃貸人の地位もこれにともなって右第三者に移転するものと解するべきであるとした事例(最2小判昭和39年8月28日、民集18巻7号1354頁、判時384号30頁、判夕166号117頁〔評釈〕森綱郎・判解75事件・曹時16巻10号198頁、鈴木禄弥・民商52巻4号84頁)
「賃料不払により賃貸借契約を解除したことを理由とする家屋明渡請求訴訟において、賃借人(被告)から、賃貸人(原告)は右解除の意思表示をした当時すでに右家屋を第三者に売り渡してその実体的権利を失っているから明渡請求権を有しない旨の主張がされたのに対し、賃貸人(原告)に右主張に対する認否を求めることなく、本訴請求は賃貸借の消滅による目的物返還請求権に基づくものであるから、かりに賃貸人(原告)が右家屋の所有権を他に移転しても右請求権の行使を妨げる理由にはならないとして、右主張を排斥するのは、審理不尽の違法がある。」
それでは、旧所有者に賃料を前払いしていた場合、その前払いの効果は新所有者(新賃貸人)に及ぶのでしょうか。